大判例

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大阪地方裁判所 昭和42年(手ワ)4123号 判決

原告 三菱電気株式会社

右代表者代表取締役 進藤貞和

右訴訟代理人弁護士 永沢信義

右同 山田忠史

右同 中祖博司

右同 川木一正

右同 田辺善彦

被告 株式会社 信貴山観光ホテル

右代表者代表取締役 林賢照

右訴訟代理人弁護士 阿部甚吉

右同 滝井繁男

右同 岩崎光太郎

右同 木ノ宮圭造

右同 (一〇二〇六号事件のみ) 山田紘一郎

右同(右同) 阿部泰章

右同(右同) 仲田隆明

主文

被告は原告に対し金九一、五二六、八七五円、および内金五、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和四二年一〇月一日から、内金五、〇〇〇、〇〇〇円に対する同年一二月三〇日から、内金六、〇〇〇、〇〇〇円に対する同四三年三月三〇日から、内金八、〇〇〇、〇〇〇円に対する同年六月三〇日から、内金八、〇〇〇、〇〇〇円に対する同年九月三〇日から、内金六、〇〇〇、〇〇〇円に対する同年一二月三〇日から、内金七、〇〇〇、〇〇〇円に対する同四四年三月三〇日から、内金九、〇〇〇、〇〇〇円に対する同年六月三〇日から、内金九、〇〇〇、〇〇〇円に対する同年九月三〇日から、内金七、〇〇〇、〇〇〇円に対する同年一二月三〇日から、内金八、五〇〇、〇〇〇円に対する同四五年三月三〇日から、内金一三、〇二六、八七五円に対する同年四月三〇日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決、ならびに仮執行の宣言を求め(た。)≪省略≫

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め(た。)≪以下事実省略≫

理由

一、原告がその主張の約束手形一三通を、支払のため各支払期日に支払場所に順次呈示したところ、いずれも支払を拒絶されたこと、および右手形がいずれも中谷長一により振出されたものであることは当事者間に争いがない。

二、よって、被告代表取締役中谷長一名義により振出された本件各手形の効力について判断する。

(一)  昭和四二年一月一三日受付をもって、同四一年一二月一日被告代表取締役として林正三および中谷長一がまた取締役として大和喜美子、河野通美および岡美保子が、それぞれ就任した旨の登記がなされていること、同四二年一月一五日林正三が死亡し、ついで同年七月一八日、奈良地方裁判所が、林たみ、林理子らの申請により中谷長一の被告取締役としての職務執行を停止する旨の仮処分決定をなし、翌四三年三月八日林たみ外七名(原告)と被告間の奈良地方裁判所昭和四二年(ワ)第一三一号株主総会決議不存在確認等請求事件につき、同裁判所において「被告会社の昭和四一年一二月一日開催の臨時株主総会における中谷長一、大和喜美子、岡美保子を取締役に選任する旨および内田信夫を監査役に選任する旨の各決議が存在したことを確認する。」旨の判決が云渡され、この判決が確定したことについては当事者間に争いがない。

(二)  ところで、株主総会決議不存在確認判決には、いわゆる対世的効力があると解すべきである(最高判、昭和三八年八月八日、民集一七巻六号八二三頁参照)から、中谷長一が被告代表取締役として本件各手形を振出した昭和四二年六月二二日当時においては、同人は被告代表取締役たる地位に就いていなかったというべく、従って、同人に代表取締役としての権限が存在したことを前提として、被告に本件手形振出人としての責任があるとする原告の主張は、これを採用することができない。

被告は、取引の安全をはかり、第三者を保護する見地から、右判決の効力は、株主総会の決議不存在を惹起した原因が公序良俗ないしは強行法規に違反する場合を除いては遡及せず、従って右判決以前になされた中谷の本件各手形振出は被告会社代表者の行為として有効である旨主張するけれども、右見解は当裁判所の採らないところであり、これによる取引の相手方に対する保護は、不実登記の効力規定(商法一四条)ないし表見代理の規定(民法一〇九条)を適用することにより図られるべきであると考える。従ってこの点に関する原告の主張は理由がない。

(三)  原告は、中谷長一が前示株主総会の決議によって被告の代表取締役に選任されていなかったとしても、同人は、商法二五八条および被告の定款二一条により、被告を代表する権限を有したと主張するので考えてみるに、被告が昭和三九年七月二九日設立された当時その取締役に林正三、中谷長一、大和喜美子および河野通美が就任し、林正三が代表取締役になったことおよび被告の定款二一条には、原告主張のような規定があることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、被告は林正三のいわゆるワンマン会社であって、会社設立後においては株主総会、取締役会が一回も開かれていないことが認められ、右認定に反する証拠がないから、被告は、設立当初の右取締役、代表取締役が、それぞれ任期満了となった後も、あらたにこれらの者を選任しなかったといわねばならない。従って、被告においては、商法二五八条、二六一条三項により、会社設立時の前示取締役、代表取締役が、任期満了後も引続き右地位、権限を有したといわねばならないところ、前示のとおり林正三の死亡により、被告はその代表取締役を欠くこととなり、専務取締役が存在していたならば、被告の定款二一条但書にいわゆる「社長に事故ある時は専務取締役が社長の職務権限を行う」旨の規定により、被告代表取締役の権限を行使し得ることになるわけであり、従って、正三死亡当時までに中谷が被告の専務取締役に就任しておれば、代表取締役の権限を行使できるといわねばならないのであるが、同人が右役職に就いていたという原告の主張に副う≪証拠省略≫は、≪証拠省略≫と対比してたやすくこれを措信することができず、他に、これを認めるに足りる的確な証拠がないから原告の右主張は採用できない。

(四)  原告は、中谷が代表取締役林正三より本件各手形振出の権限を授与されていたと主張するけれども、本件にあらわれた全立証によっても右事実を認めるに足る証拠がないから、右主張も採用することができない。

(五)  原告は、仮に中谷に被告を代表する権限または本件各手形を振出す権限がなかったとしても、被告は商法一四条により本件各手形振出人としての責任を負わねばならないと主張するので考えてみる。

≪証拠省略≫を総合すると、

原告は、昭和四〇年七月頃から、被告代表取締役林正三から被告の本件新館建築工事の引合を受け、折衝を重ねたうえ同年一〇月右建築工事を、ほぼ原告主張の約旨により請負い、直ちに基礎工事に着工し、工事もかなり進捗した翌四一年二月頃、請負代金を金一億三〇〇〇万円と確定したうえ契約書二通を作成して、これを被告に交付しその調印を求めたが、被告はなぜか調印を遅らせるのみであった。

その後金一、三五〇万円に相当する追加工事の分も含め、約定どおり同年七月工事を完了して、新館を被告に引渡したところ、被告において、同年八月末日原告に支払う請負代金三、〇〇〇万円に充てるべく予定していた銀行からの資金借入に失敗し、かつ、林正三の健康状態不調の事情も加わって、工事代金分割弁済のめどもにわかに立たなかったため、正三は止むを得ず原告の再三の要求に対し支払の猶予を懇請するのみであった。

正三は、養子である現被告代表者林賢照と性格が合わず、これを嫌って旅館経営には一切関与させていなかったことから、右新館建築、融資関係の折衝は、専ら子飼いの使用人である中谷長一を伴い、両名においてこれをしていたものであり、偶々正三がその頃から肝臓癌による健康状態不良のためもあってか、原告の担当社員に対し、ホテル事業は、これを中谷にやらせたい旨言明したこともあったところ、その後正三の病状は一向にはかばかしくなく寝たり起きたりの状態となり、同年一〇月に至り、同人の妻林たみも病床につくこととなったりして、商工組合中央金庫からの二〇〇〇万円の建築資金融資を受けるにも支障を来たしたことが契機となり、被告の代表取締役として、自己の外中谷長一を加えることを決意するに至り、昭和四一年一二月、その旨の登記申請をするために必要な書類の作成を進めさせていたが、翌四二年一月五日大阪中央病院に入院するにおよび、中谷らに対し右手続をすることを急がせた結果、中谷が正三の意をうけてその登記申請をし、同年一月一三日受付をもって前示商業登記がなされたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

もっとも、≪証拠省略≫には林正三および中谷の両名を代表取締役として選任する決議のほか、被告が所有者林正三または林たみより賃借使用中の土地、建物を両名に対する債権の代物弁済として譲受ける決議をした旨の記載があり、≪証拠省略≫によると、被告への物件の所有権移転登記手続がとられていることが認められ、更に≪証拠省略≫によると、正三死亡後間もない同年二月始めに、中谷らが林たみらに対し、被告の株式を林たみ二五%、林理子二〇%、中谷、渋谷らで残りの五五%を保有する内容の株主総会議事録を作成してその調印を求めたが、これを拒絶されたことが認められるけれども、これらの事実が存在することをもってしても、前示認定を覆えすに足りない。

そうすると、被告はその代表取締役であった林正三によって、故意に中谷を被告の代表取締役に選任したという不実の商業登記をなしたものといわねばならないから、これにより中谷を被告の代表取締役であると信じた原告に対し、中谷が代表取締役でないことを主張することができないことは商法一四条によりいうまでもなく、従って、同人が被告の代表取締役として振出した本件手形について被告は振出人としての責任を免がれることができない。

(六)  被告は、中谷が被告の代表取締役でなかった点について原告に悪意または重過失があると主張するけれども、右事実を認めるに足る的確な証拠がない。かえって≪証拠省略≫によると、原告が中谷の代表資格が問題となっていることを知ったのは、本件手形振出後たる昭和四二年九月被告の代表取締役職務代行者から説明を受けた時点であることが認められるから、被告の右主張は採用できない。

三、してみると、その余の点について判断するまでもなく、被告は振出人として原告に対し、本件各約束手形金、およびこれに対する各満期日(但し(1)の手形につき原告は満期の翌日から請求している)から完済まで、手形法所定年六分の利息金を支払う義務があるわけであるから、これが支払を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 川鍋正隆 梶原暢三)

〈以下省略〉

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